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本出します♪

こんばんは^^
また急に寒くなりましたね。バイトから歩いて帰るんですが、寒いです。。。ホッカイロも気休め程度。。。
風が強すぎて寒いだけです(。>(ェ)<。)皆さま方もお気をつけくださいませね。

さてさて、高橋家は凝りもせず、またまた自費出版本を出すのでございます!!
今回は、島津シリーズでございます。(ノ゚ω゚)ノ*.オオォォォォォォォー
そして、漫画家のマツモトシィマ先生にに表紙を描いていただきました!凄いんですよね!
カッコよくって、渋くて、大人の色気もあるそんな義弘様でございます(〃ノωノ)
高橋家では、表紙観ただけで「売れる。」と大盛り上がりです!!
目次、見ていただいたら大体の内容は分かっていただける?!とは思うんですが、今回も、多分ビックリポンしていただける
内容になっているんじゃないかと思います。期待に応えられるかは、家長殿次第ですが(ノ)’∀`(ヾ)アハ

ちなみに、手売りでございます。振り込みとか、メールとか、面倒とは思いますが、是非購入していただけると嬉しいです。
また、詳しい事が決まりましたらブログに掲載させていただきます。

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以下
目次

⓪はじめに
①慶長三年四月十八日、豊臣秀吉は朝廷に参内した
②慶長三年五月三日、豊臣秀吉は朝鮮における今後の作戦計画を披瀝(ひれき)した
③慶長三年五月五日、豊臣秀吉は突然たおれた
④慶長三年五月二十二日、豊臣秀吉は朝鮮における新たな体制を申し渡した
⑤慶長三年六月十六日、豊臣秀吉の病状に関するうわさが流れ、京都・伏見間で騒動がおこった
⑥慶長三年七月九日、島津龍伯は豊臣秀吉の病状を泗川へ書きおくった
⑦慶長三年七月十五日、島津龍伯は豊臣秀吉の命令により、徳川家康と前田利家に起請文を差し出した
⑧慶長三年七月中旬~下旬、豊臣秀吉の病状が一時回復した
⑨慶長三年八月五日、豊臣秀吉の病状はふたたび悪化した
⑩慶長三年八月七日、豊臣秀吉の病状が回復したむねの朱印状が釜山浦にとどいた
⑪慶長三年八月十八日、豊臣秀吉薨去
⑫慶長三年八月二十五日、徳永寿昌・宮木豊盛らが釜山浦へつかわされた
⑬おわりに、通説に関するQ&A

今回も、すんなりとはいかない?家長殿でしたが、なんか現実逃避したかったらしく、この島津本にやたら気合入れてました。
なんかあったようですwww今年は、大河ドラマも島津だし、売れるといいなぁ~~。
シリーズだけど、次はいつになるやら。。。高橋家の戦はまだまだこれからでございます。
私は絵も文章も下手くそなので、マツモトシィマ先生や、家長殿が羨ましいです!
それでは、これからもよろしくお願いいたしますm(__)m
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